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○認め合いの保育 |
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日々確実に成長を続けていく子供達の未来の可能性を信じ、その成長段階の一つずつを認め、更に保育者として又親として、子等からも互いに認められ合う喜びの保育を具現する。 |
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一人の人間が育つためには、本人そしてまわりの人達の大きな努力と時間を要することを知る。 |
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自然を含め自分のまわりに関わってくれる多くのいのちに気付く。 |
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うつくしさ・やさしさ・あたたかさ・ありがたさ・待つこころ・励むこころ・よろこび等の思いやりある心情を大切に育てる。 |
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月曜日〜金曜日 午前7時30分 〜 午後7時
土曜日 午前7時30分 〜 午後6時 |
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3歳未満児は完全給食
3歳以上児は主食のみ持参 |
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心を込めた手作りの給食です。アレルギーをお持ちのお子さんには、別メニューを検討します。 |
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| 昭和14年 6月 |
稲葉保育園と称し、瑠璃光寺内で季節保育園として開設。 |
| 昭和19年10月 |
第二次世界大戦激しく閉鎖。 |
| 昭和29年 6月 |
地元5行政区の要請と資金援助を受けて専福寺(浄土真宗本願寺派)を設置主体に同寺本堂内に芹田東部保育園として開設。 |
| 昭和32年 9月 |
厚生省(現厚生労働省)の認可を受ける。 |
| 昭和39年10月 |
現在地に新築移転。 |
| 昭和44年10月 |
3歳未満児保育を開始。 |
| 昭和59年 3月 |
社会福祉法人励精会(れいせいかい)の認可を受ける。 |
| 昭和60年12月 |
新園舎竣工。保育園創立30周年式典。 |
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廃藩置県が行われた翌年の学制発布を契機に、稲葉村・栗田村・若里村・中御所村の四ヶ村が連合して以前より寺子屋の開かれていた専福寺の本堂に励精学校が設立されました。
当時、松代出身の学者・佐久間象山の妹の夫・勝海舟が、亡き義兄を偲んでその故郷を訪ねた折、偶々学制発布の動きに出会いました。亡義兄の生育した土地柄に興味を持った海舟は、馬で周辺の実情を視察しました。象山の子弟の学者が教鞭を取っていた励精学校にも足を運ばれました。海舟は、その授業態度に深く感動して、専福寺の庫裏で筆を取ったのが、いま長野市立芹田小学校の校長室に保管・掲額されている『励精学校』の額です。
その後、遷喬学校・川合学校・鐘美学校・広業学校等が順次設立され、明治19年に7ヶ村連合で現在の芹田小学校に統合されました。
芹田東部保育園と芹田少学校とは、例えるならば、同じお母さんから生まれた兄弟であります。その歴史をもとに、当保育園の経営主体の社会福祉法人名が励精会と名付けられました。 |